繊細な心の方が”強く”生きていける2つの理由

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”繊細な心”って悪いイメージですか?

私もよく繊細だと言われたりしたが、正直微妙な気持ちになりました。

心が繊細な人は、

「自分は繊細な心の持ち主でなんだか疲れやすい」

「繊細だから他人と関わると疲れる」

こんなふうに思ってしまいます。

そんな人はよく「こんな弱い自分を変えなければ」と考えますよね。

でも見方を変えれば、そんな短所こそ実は”強み”だったりします。

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私は”繊細”だから落ち込みから抜け出せた事実

落ち込みから抜けられない人、落ち込みから脱して前向きな人生を送る人、

この違いは何でしょうか?

私自身、人生を終わらせたいと毎日考えていましたが、今もこうして元気に前向きに生きています。

自分でも当時のあの状態から「よくここまで良くなったなぁ」、「よく完全復活できたなあ」と思います。

当時の状態で自殺に至らなかったのは、私自身が持つ繊細な心ゆえの”高い精神性”があったからだと思います。

何でしょうか、人生を終わらせる勇気が無かったと言えばそれまでですが、

心のどこかにこの苦しみを味わい尽くすことに意義がある、という思いがありました。

人生を終わらせたい願望を味わい尽くして楽しもうという、

半ば意味不明なポジティブな気持ちが、入り混じっていた不思議な気持ちになったのです。

自分には生きる意味が無い、生きていて何の得があるのだ?

何のために生まれてきたんだ?

なんてことをひたすら考えていました。今でもそれは考えるようにしていますが。

もし私が図太く強く変なプライドだけ高い人間で、

希望も生きる気力も無くしていたら、

生き恥をさらして生きるような選択はしなかったでしょう。

生き恥をさらすという表現は不適切かもしれませんが、

”繊細さと無縁な人”は絶望の中で生きる意味を見出すことはできないでしょう。

アウシュビッツを生き延びたのは繊細な心の人が多かった事実

オーストリアの精神科医ビクトール・フランクルは名著「夜と霧」の中で、

厳しい地獄のような収容所生活を生き延びれた人と、そうでない人の違いである特性を見抜いています。

それは、

”より感受性が豊かな人の方が、頑丈な人より生き延びる確率が高かった”ということです。

殺伐とした環境の中でも、祈ることを忘れず、感謝の心を捨てない崇高な心の持ち主はいざという時に強いということです。

神様の存在や仏教的な精神の持ち主、哲学的な人は常に心に”拠りどころ”があります。

絶望的な環境でも、餓死しそうな環境でも自分が生きることで

”人に与える”

ことに生き甲斐や人生の意味を置いている人は、善行により心の栄養を補うことが出来ます。

善行とは、人に与える事だけでなく、祈る心や感謝の心を持つことも含まれると思います。

なぜ、そのような人たちは精神を破壊されずに収容所生活を生き延びれたのでしょうか?

ということに対して、フランクルはこう述べています。

なぜなら彼らにとっては、恐ろしい周囲の世界から精神の自由と内的な豊かさへと逃れる道が開かれていたからである。

かくして、そしてかくしてのみ繊細な性質の人間がしばしば頑丈な体の人よりも、収容所生活をよりよく耐え得たというパラドックスが理解されえるのである。

『夜と霧』 ビクトール・フランクル

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繊細な心の人が強いと言える2つの根拠

①繊細な心の持ち主は、「生きる意味」を自分の中に持っている

会社のパワハラや、ブラック企業に働いていて深夜まで働かせること、

また学校でひどいいじめにあうこと、これらはまさに極限の状態です。

このような状況にいる人は、自分の「生きる意味」すらわからなくなります。

もちろんアウシュヴィッツの強制収容所の中でも、生きる意味がわからず人生の意味を問う人はたくさんいたでしょう。

その証拠にたくさんの人が自殺しています。

しかしそのような体験は、悪いことばかりではありません。

死にたいと考えるほどの辛い状況では、一度くらい自分の生きる意味について考えるからです。

人間そのような時、真に人生から問われる時なのです。

毎日楽しく過ごせていて、人生で挫折なく享楽的に過ごせている人は、

当然自分の生きる意味なんて疑わないと思います。

しかし何かをきっかけに、人生に虚しさを感じて、

「自分の人生に意味などあるのだろうか?」

と考える機会があれば、そのこと自体がその人の心を繊細にし、高い精神性を生み出す可能性が出てきます。

たとえば学校でいじめにあってる人が、

「私みたいに弱くていじめられるだけの人生を送っている人間が、生きる意味なんてないんじないか?」

またブラック企業で毎日深夜残業している人が、

「たくさん勉強していろんなことを我慢して、いい大学に入って、

良い職場を見つけたのに、こんなに毎日疲れるような人生はもういやだ、

こんな人生に意味がない、俺の人生は何なんだ?」

繊細な心を持っている人は、このように人生の意味を問う機会が、ふとしたことをきっかけにあります。

でも心理学者の諸富先生はいます。

自分の生きる意味をということ自体が、その方が自分の人生を変える大きなきっかけとなり得るのです。

引用:『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』 諸富祥彦

またフランクルもこのように言っているそうです

「人間が生きる意味を問い始めるのは、あなたの精神性があるレベルまで高まってきている証拠である」

「生きる意味を疑うのは、決して心の病なのではない。その人の心が一定レベルまで成熟してきている証なのである」

引用:『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』 諸富祥彦

つまり、

生きる意味が分からなくなるほど辛い人、あなたは繊細な心の持ち主であり、

高い精神性の持ち主です。

医療の世界でも、哲学的信念、純粋な信仰心、スピリチュアルな世界、などと

つながりを持っている人は、そうでない人様と比べても寿命が長いということが、

しばしば指摘されているようです。

②”高い精神性”があれば心が自由である

繊細で自信を無くしている人には、高い精神性を磨ける才能があります。

今の経験をいつかパワーに変えて社会貢献できるかもしれないし、

絶望という悲惨な状況が、人を本質的な生き方に導いてくれているのかもしれません。

このような意味で、どん底を味わった人は、

「自分にも人に与えることが出来る」

「感謝の気持ちや、人の幸せを祈る心を自然に持つことが出来る」

こういうことが言えると考えられます。

不安や落ち込みを経験しやすい人、つまり繊細な心の持ち主は、

実はもうすでに高い精神性を手にしているのです。

短所と思わず磨き上げればいい。

高い精神性を磨けば、どんなに辛い状況にも左右されません。

逆境に支配されないし、辛さに押しつぶされることもありません。

それは内面的な”精神の自由”それと内面的な”豊かさ”という、

「もう一つの別世界」にいつでもいけるからです。

ちなみに、読書は高い精神性を養うのに最適ですよ。

結論

繊細な心の人は、、

①生きる意味を自分の中に持っている

②高い精神性が内面的な自由をもたらす

だから強く生きていける。

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