後悔の無い高校中退!私の体験記三部作① ~中退のきっかけ~

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高校中退することなんて、長い人生考えたら、なんてことない!(持論!)

高校中退することなんて、長い人生考えたらなんてことない!

私は実は、高校中退しています。

理由は、人間関係の不安、勉強についていけなかったこと、強迫性障害の発症。

とにかく、高校生活が送れない状態になるまで、疲れ果ててしまいました。

私が高校中退したのは、もう20年以上前になります。

その時代に高校中退する人なんて、

ほとんどいませんでした。

「高校中退したらもう人生終わりだ」

そんなふうに、世間からは言われていたし、

高校中退するときに、散々親からもそのように脅されました。

それでも私は、結果的に高校中退しました。

厳密には、せざる得ない状態まで心も体も追い込まれていました。

それでも私は、今現在楽しく働けているし、家族思います。

仕事のやり過ぎや、家族の不幸か原因でうつにもなりましたが、今は何とか幸せに生活できています。

もうすぐ40歳です。

そんな、もうすぐ40歳の私が20年以上前に高校中退して、その後どうなったのか?

高校を中退する経緯、そして、その後社会にどのように復帰したのか?

包み隠さず書いていきます。

私の体験が、今不登校で悩んでいる人や、

中学や高校で居場所のなさを感じている人、

そしてそんな子供を持つ親御さん、

そんな人たちにとって、

少しでも勇気づけ、生きていく上での希望になればとても幸せなことだと思います。

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高校中退体験記

中学2年まで、通知表オール1だった私

高校中退に至る背景として、

私の学力的な問題があります。

まずそのことについてお話しします。

私は小学校から、中学校2年生位まで全く勉強ができない、落ちこぼれでした。

授業には集中できず、家に帰って宿題は忘れてしまい、

夏休みなんかは8月30日くらいから家族に泣きついて慌てて宿題をやっているタイプでした。

『ドラえ●ん』に出てきそうな少年ですね。

学期末にもらう通知表は、ほとんどオール1、時々2かある程度。

だから、そもそも高校に行けるかどうか??

それが怪しく、

高校に行けたこと自体が奇跡でした。

中学校に入ってから、担任の先生からは、

「お前に行ける高校は無い」

とバッサリ切り捨てられていました。

それでも親が心配して、家庭教師をつけてくれて、

中学3年から無理やり猛勉強して、

なんとか私立の普通科高校に入ることができました。

高校に合格できた事は、

約15年生きてきて、最も幸せな出来事だったと記憶しています。

なんとか普通科高校に入って、勉強に目覚める

中学校3年生から、もう勉強をして高校に合格した。

その経験で自信をつけた私は、

「やればできる」

ということを肌で実感しました。

この「やればできる」という自信は、

その後の私の人生にも、大いに役に立っています。

ただ「このやればできる」という自信も、

使いようによっては、害にもなります。

そのことを、私は高校生活で痛いほど味わいました。

「やればできる」という信念から、

自分に無理なハードスケジュールを課して勉強をするようになったのです。

何しろ、小学校1年生から中学校2年生まで、まともに勉強していなかったので、

数学でも社会でも、

時々ヌケているている知識が多いのです。

例えば、

・二次方程式は解けても、三角形の面積を求められない。

・憲法第9条は暗記していても、日本三英傑(信長、秀吉、家康)が何をした人なのかを知らない。

・古文の文法問題が出来ても、現代文の長文読解が全く出来ない。

・光合成の化学式が書けても、そもそも植物が何のために光合成をするのか知らない。

そんなイタイ状態でした。

まぁそれを知らなくても、行ける高校のレベルだったと言う事ですね。

だから、夏休みなんかも昼夜を問わず、勉強しまくる、

という無理なハードスケジュールを立てました。

そんな気持ちに駆り立てたのは、自分自身に勉強ができないことに対するコンプレックスや、

今まで勉強できずに馬鹿にされた経験があり、

それを「見返してやろう」という思いが異常に強かったからです。

学年トップのレベルになり進学クラスへ

落ちこぼれから勉強のやり方を覚えて、

ハードスケジュールをこなし、何とか人並みに学力がついたと実感してきました。

そんな頃より、「大学に行きたい」という気持ちが芽生えました。

中学校2年生まで、

高校に行けるかどうかすら怪しい人間が、

大学に行くなんて大それたことを考え始めたのです。

私としては、

「良い大学に行って大逆転して、今まで馬鹿にしてきたやつを見返してやろう」

とやや不純な思いが強かったです。

どんな目的を持って、その先何を目指して大学に行くか?

だなんて全く考えませんでした。

もし、その質問に答えるとしたら、

俺を馬鹿にしてきた奴や、親を見返してやる!

ただただ動機はそれだけです。

定期試験の前は、一睡もせずに勉強して、

勉強したところ何度も復習して、

どんな小さめなミスも許さないと、

自分に言い聞かせて勉強しました。

とにかく数学でも、歴史などの暗記科目でも、

何度も確認する作業を繰り返して、テストに備えたのです。

寝ずに勉強するものだから、夜中でもブラックコーヒーを飲んだり、目が覚めるガムなどを上ながら、ただひたすら勉強したのです。

やはりそんな生活をしていると、胃が痛くなったり、

夜中にちょっとした吐き気を感じたりするので

胃薬は手放せませんでした。

自分の体の事より、

将来良い大学に入って周りを見返している自分、

人生に大逆転した自分、

これを想像して勉強する方が楽しかったのです。

その甲斐あって、成績は学年トップに。

当時の担任の先生から、

や来年から特進コースで勉強しないか?」

とお声をかけていただき、

2年生から有名大学進学に特化した特進コースに行けることになったのです。

私が通っていた高校はある程度誰でも入れるような偏差値の普通コースと、

国立や有名私立大学進学を目的とした特進コースに分かれていました。

私立の高校では、よくあるパターンですよね。

そんな特進コースへのクラス変更を果たした私は、かなり有頂天でした。

「もうこれで人生の勝ち組も同然」

と大学にも受かってないのに浮かれていました。

小さなことが気になり始める

2年生から、晴れて特別進学コースのクラスに入れたわけですが、

その前後あたりから気になる症状がありました。

小さなことが気になって、頭から離れないという症状です。

自分の不用意な発言で、友達を傷つけてはいないか?または怒らせてはいないか?

また、家を出るときに鍵をちゃんとかけたかん?

何度も家に戻って、ドアノブをガチャガチャと確認したりしていました。

テストの前には、暗記したはずの単語や計算式を、何度も何度も確認しました。

新しいことを学ぶことより、確認作業で多くの時間を使い、夜が明けてしまうこともあったほどです。

細かいことが気になり、生活に支障が出始めたので親にも相談するのですが、

「あんたそんな気細かいこと気にしてて疲れない?」と

笑ながら、そんなふうに言われてしまいました。

そうなると、もう自分以外の人に話す気にもなれません。

ひたすら一人で抱え続けて、なんとかやり過ごしていたのですが、

1年生から2年生になる間の春休みに、ついに精神が破綻してしまいました。

春休みは、気分が落ち込んで何も手がつかない状態、

いわゆるうつ状態で布団から出られなかったのをよく覚えています。

布団の上で、仰向けになりながら、いつも天井ばかり見ている毎日。

私立の高校だったので、春休みが異様に長かったのを覚えています。

約1ヵ月間、トイレと食事以外は布団から出られずに、ただひたすら天井を見ていました。

精神科を受診する

何も手が付けられない状態が何日も続いたので、さすがに母親が心配しました。

「どこか病院にかかったほうがいいんじゃないか?」

と言われ、近くの病院の精神科に受診することになりました。

人生初めての精神科受診だったので、

病気が治るのでは?という期待もありましたが、

「、自分も精神障害者の仲間入りか…」という絶望感も大きかったです。

大きな病院だったので、精神科の初診が終わった後に、脳波の測定とCT検査を行いました。

心の症状が、脳の病気ではないか?

という疑いもあるので、それを検査するためです。

私は密かに、

“この症状が何かの病気であってほしい”

だなんて思っていました。

自分の心の持ち方に異常がある。

性格に問題がある。

精神に問題がある。

と認めたくなかったからです。

脳の検査で何か異常が見つかった方が、

病気だから仕方ない。

と安心できるからです。

結局、脳の検査では何も異常が見当たらず、

それはそれで私は絶望したのですが、

精神科受診を続けることになりました。

先生からは、私の症状に関して、

「強迫観念ですね」と言い、お薬を飲むようになりました。

精神科の先生は、特に何かアドバイスするわけではありません。

ただただ私の話、症状のことを聞いて、それを手書きでノートにメモるだけです。

何をしてくれるというわけでは無いのですが、

話を聞いてくれるだけでも、私の心はいくらか軽くなりました。

薬が効いたか?と言えば、

よく覚えていないのですが、

薬を飲むようになってしっかり眠れるようになったことだけを覚えています。

もう20年以上前の事なので、どんな薬をもらったのかはよく覚えていません。

眠気と便秘、口が渇く副作用が強く出たことだけは覚えているので、

現代のようなSSRIやSNRIなど新しい薬ではないのは確かです。

便秘がひどくなり、体も太ってきたのもよく覚えています。

それから約1年以上、精神科に通い続けて、薬を飲むことになるのでした。

おわりに

人は意外なことがきっかけで人生を狂わせてしまいます。

うまくいっている時も、実は心は疲れていますし、

上手に休憩を入れないと、それ以上の成長は止まってしまいます。

無理をしてしまうと、小さなことが病的に気になり始めたり、

原因不明の深い落ち込み状態になります。

それを実感した高校1年の春までの話でした。

続きの話では、うつ状態と強迫性障害の症状を抱えたまま過ごした高校2年生の生活を

綴っていきます。

また高校中退を決意した経緯と、家庭内で起こった修羅場も包み隠さず語っていきます。

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