壮絶!不妊治療体験記③ ~医師からの辛い宣告、堕胎、うつ病からの再出発~

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前回に引き続き、私たち夫婦の不妊治療体験記を書きます。

前回まで↓

>>壮絶!不妊治療体験記② ~出産、2人目妊娠、静脈血栓・・・~

夢の自然妊娠、夢破れるのか?

妊娠8週目から感じた股関節の痛み、それが10週目あたりには激痛になっていました。

病院に行き検査をしてたまたま見つかった深部静脈血栓症。普通の病院では対応できず、血管外科と周産期母子医療センターのある病院に転院、受診し検査した結果即入院となりました。

まだこの時点では、私自身事の重大さがわかっていなかったのか、無意識に否認していたのか、子供をあきらめるなんてことは全く頭になかったです。

一人目は不妊治療の末、体外受精での妊娠出産、そして2人目は夢にも見なかった自然妊娠。

とにかく子供のことで頭いっぱいで、浮かれていて楽しい日々でした。

実はこの時の少し前に私の実家の父親が脳梗塞に倒れて、入院やリハビリ、退院の準備といろいろと忙しく、気苦労と体の疲れが相当に溜まっていました。

そんな中でも子供がもう一人生まれるということが希望になり、私の生活のハリになっておりました。溜まった疲れも赤ちゃんの為なら何のそのって感じでした。

残酷な宣告

そんな中突然突きつけられた妻の病、命の危険がある病。すぐに頭切り替えることなんてできませんでした。

私も妻も、子供をあきらめるなんて選択肢は全くなかったし「子供を産むために病院を変わった」、「新しい病院が子供を産ませてくれる」そう信じてやまなかったです。

入院した日は緊急で息子を延長保育にし、その後も私の実家に預けました。私が妻の入院の準備や日用品の買い物に忙しかったからです。

まだ1歳の息子にはかわいそうな思いをさせました。朝から晩までお母さんに会えない、一番お母さんに甘えたい時期なのに。

そんな息子に対する申し訳なさを抱えたまま、その日の夜病院にてインフォームドコンセントがありました。

私たちがインフォームドコンセントで知りたいのはただ2つ、

”赤ちゃんは今無事なのか?そして赤ちゃんを産むことが出来るか?”

でした。それ以外何もありまりません。

本来妻の体を一番に考えるべきなのですが、その時は夫婦2人とも赤ちゃんに対する心配ばかりでした。

その時は血管外科と産婦人科にかかっていたので、その2カ所からインフォームドコンセントを受けたような気がします。

血管外科でのインフォームドコンセントで言われたことは、

・血栓は左足と腹部全般、子宮の周りの血管にも多数存在する。予断を許さない状態。

・妊娠を継続するには、ヘパリンを点滴するが命の保証はない。この病院では過去に同じ状態で出産に踏み切った妊婦が5例いたが、3人(妊婦が)亡くなっている。

・・・とのことでした。お医者さんは淡々と説明していました。

私たち夫婦は言葉を失いました。

私は夫としてようやくこのとき、事の重大さが理解できました。

>>流産や死産はママが悪いんじゃない。流産で苦しんでいる人へ。 

息子からお母さんを奪わせない!

私の中で、もう出産に踏み切るなんて選択肢はありませんでした。

しかし、母親である妻はそうは簡単に頭を切り替えることはできなかったみたいです。

その説明を聞いても「ヘパリン治療をして様子を見たい」「産めるかもしれない」というようなことを言っていました。

自分の命が脅かされているというのに、正気なのか?それとも夫でる私に気を使っているのか?

妻の赤ちゃんに対する責任感、母性は男の私では想像を絶するものだったのでしょう。

自分の命の危険=赤ちゃんを諦める

とはならないみたいです。こんなシーンはドラマでしか見たことがないですが、いざ自分の身に降りかかると、妻はドラマの主人公のような選択をしようとしました。

しかし、私たち夫婦にはすでに1歳半になる息子がいます。

父親として、息子から母親を奪うわけにはいきません。

夫として、

”出産にチャレンジすることは絶対に許すわけにはいかない”

ということを宣告しました。

これはもう話し合いでもなく説得でもなく、妻に拒絶する選択肢など与えない宣告でした。

私はドラマの主人公の夫役のようにはなれませんし、自分ひとりで息子を育てる自信も正直なかったです。

母親が死んで悲しんでいる息子の姿だけは絶対に見たくありませんでした。

逆に聞きたいです、5人中3人が死んでる危険な出産を許す夫がこの世に何人いるのか?

妻が産みたいと言って、その意見を尊重する夫の気持ちがどうしても理解できません。

>>まだ人が理解できなくて悩んでるの?人を理解しようなんて1ミリも考えなくていいんです! 

さらに残酷な宣告

そして、続いて産婦人科のインフォームドコンセント、

言われた内容:

・お腹の赤ちゃんは元気に育っているが、妊娠継続はお勧めしない。

・今回の堕胎をしたとしたら、向こう2年間は血栓再発の危険性があるので妊娠はできない。

私たち夫婦は愕然としました。

2年も妊娠できない、そして再発の危険性がある。

2年後に妊活を始めてそれで妊娠できるまでどれだけかかるか保証もない。

また不妊治療にお金をかけなければいけないかもしれない。

不妊治療で精神的に苦しまなければいけない。

そんなことが頭をよぎり、落ち込みました。

とにかく落ち込みました。

「なんで俺たち夫婦が、こんなに苦しまなければいけないのか?なんで俺たちだけ?」

実はこの時ちょうど、仲の良い同僚が2人、奥さんが妊娠していたのです。

一人は女の子だって大喜びでした。

そんな幸せそうな報告を聞かされて、私は子供を失い、妻も病気、しかも命にかかわる危険な状態。

治っても2年間妊娠できないのが決定。いや実際それ以上妊娠できない。

もう身も心も疲れ果てて、この世から消えたい気分でした。

でも私が落ち込んでる姿を見せると妻に申し訳ない。

そんな気持ちで自分の悲しみを抑圧してきました。

その後妻は、堕胎の手術を受けます。堕胎の手術の際に血栓が飛ばないように、血管に小さな網を埋め込みます。その小さな網を埋め込む手術も失敗すれば危険が伴うと言われたので、ドキドキでした。

そして無事に堕胎手術は成功。ほっとしましたが、子供が一人死んだと思うと、なんとも胸が張り裂ける思いです。

今思い出しても、胸が締め付けられます。

手術後は、約2週間入院し経過観察。その間、私は息子と家で過ごします。

一歳の息子が「お母さんがいない・・」と泣きじゃくるのです。

毎晩毎晩泣きじゃくるので、その姿を見るのも辛かったのを覚えています。

やはり、母親の存在は大きいですね。

>>仏教でうつ病を治す!おすすめ本3選!

>>症状別、うつ病に効く10の名言 

悲しみ、そしてこみ上げてくる”怒り”の感情

この時期私は仕事が忙しく、夜は妻に洗濯物の回収などのために会いに行きました。

保育園のお迎えが遅くなり、息子にもかわいそうな思いをさせたので、妻の母親つまり義理のお母さんに息子を預けることにしました。

息子を送り、家で一人、お腹の赤ちゃんを失い、妻は入院、息子はおばあちゃん宅、私は家で一人。

職場では「奥さん大変だったね」「赤ちゃんまたすぐできるといいね」「まだ2人目できないの?」

親切のつもりで言っている言葉が、グサリと胸に突き刺さる。

悲しみと怒りがこみ上げてくる。そんな自分が小さく感じてさらに落ち込み、人と会いたくなくなる。

妻が入院中の一人で過ごした時間は、私にとって孤独でみじめな時間の連続でした。

退院後、妻は当然ながら落ち込んでいました。しばらく家から出れず、3か月仕事を休みました。まさにうつ状態です。

当然仕事を辞めるという話も出ましたが、最終的に妻は仕事復帰の選択をしました。妻自身もこのようなことがあり仕事復帰にするにあたってとても勇気が要ったでしょう。

その仕事を休んでいた3か月の間、半分くらいは息子を連れて実家に帰っていたので、私はまたしばらく一人暮らし状態でした。

このとき正直に思ったのは、妻が一番つらいかもしれないが、

”私自身も辛かった”

私も子供を失った精神状態、ズタズタの状態で仕事をしなければいけない。

この時期職場のお客さんや同僚から

「2人目の子供はどうしたの?」

「あれ?奥さん妊娠してなかった?」

などとよく尋ねられたので、そのたびにダメになったことを伝えなければいけませんでした。

その作業が死ぬほどつらかった。

イライラする質問を、仲の良い同僚からも聞かれるので本当にどうしてよいかわからず、感情を抑えるので必死でした。

義理のお母さんからも、「運命を受け入れなさい」と言われ、

実の両親からも、「○○ちゃん(妻の名前)が一番辛いんだからあんたがしっかりしなさい」と言われ、

さらに辛い思いをしました。

本当にこんなことを書くと最悪の人間だと思われるかもしれませんが、この時私は、

職場の客に対しても、

同僚に対しても、

義理のお母さんに対しても、

両親に対しても、

そして

妻に対しても、

怒りの感情を抱いていました。

「なんで俺だけこんな辛い思いをしなければいけないんだ!!!」

そんなふうに叫びたい感情と、

”自分は最低だ”

という感情がまじりあい、ネガティブの感情のスパイラルにハマっていました。

>>うつを乗り切るコツ~自暴自棄も必要だ!~ 

精神が壊れ強迫性障害、うつ病に

このころから、私は強迫観念、強迫行為という症状に悩まされるようになりました。

堕胎手術が終わって約6か月後、

私は精神科で強迫性障害の治療を受けるようになり、それが治らず精神科通院約1か月経ったころに、「うつ病」と診断されて休職。

詳しくは体験記を読んでください。

おわりに ~再出発~

以上が私たち夫婦が子供をつくりはじめて、流産、不妊治療、体外受精にて1人目出産、2人目妊娠中血栓と堕胎OPE、私のうつ病発症までの流れです。

私がうつ病になった背景に大きく影響している出来事です。

まあ父の脳梗塞と仕事の多忙さも重なったのですが、32歳にして死ぬほど辛い思いをしました。

”この世に神は存在しない。存在するというなら証明してみろ”

って宗教家の父ともめたりしてました。

うつ病発症から約2年経過したころ。

読書やマインドフルネスのおかげもあり、うつ病から復活し普通に働けるようになった時期に、再び私たち夫婦は妊活を開始しました。

その間夫婦のわだかまりからくる喧嘩、離婚話などもありました。

それらの気持ちを整理しての再始動です。

うつ病を経験して、私たち夫婦は結果的にお互いを労り合える関係になったと思います。

今現在妊娠に至っていませんが、体質改善を意識した妊活を中心に行っていますので、夫婦でとても体調がいいのです。

薬膳の知識をもとに、気の巡りを意識したり、自分の精神状態からそれにあった内臓の養生法を行ったり。また油には気を使うようにはなりました。

これらはうつ病の養生法にも共通する部分があります。

何よりも大切なことは、”結果に執着しないこと”です。結果に執着したら妊活で最も重要な夫婦生活を楽しむことが出来ません。

そして結果に執着することで、相手に対する労りの気持ちを忘れます。

>>辛いとき、死にたいときに知ってほしい。人生を豊かにする3つの価値 

>>悩みをなくす4つの処方箋 ~ブッダの知恵~

>>ヴィパッサナー瞑想で得た、たった1つの真実。 

>>うつを良くして、力強く生きるための仏教関連の本 

この経験を積んで、夫婦というのは結婚したその後にいろんなことを乗り越えて、

”本当の夫婦”になっていくのだなあと感じます。

辛い経験をたくさん三部作に分けて書き散らしてしまいましたが、この経験が同じ悩みで困っている人に読んでもらって、少しでも参考になれば私たち夫婦の経験は浮かばれます。

ありがとうございました。

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【流産や不妊治療、体外受精などの経過はこちら↓】

不妊治療体験記①

不妊治療体験記②

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